太平洋戦争(1941年)の始まった年に生まれたコンパクトなスプリングカメラ。レンズは自社製のエンサー75mm F4.5であるが、高級機にはカールツァイスのテッサー75mm F2.8が付けられていた(写真)。6x4.5cmへの切り替えはフィルム装填時に、フィルム室にある薄い金属のリーフ(羽根)を起こして対応できる。
レンジファインダーは一つ目式で戦前のカメラとしては進んだスペックといえる。視野の切り替えはファインダー前面のフレームをスライドさせて行う。
フィルムの巻き上げ機構が少し変わっている。基本的には赤窓式と変わらないが、ボディ上部の回転板の目盛りを見ながら巻き上げが可能である。一枚目だけは赤窓を見てセットするのは仕方ないにしても、後は最後まで赤窓のカバーを閉じておけるのでISO400以上の高感度フィルムでも安心して使える。円盤の表と裏にそれぞれ6x6、6x4.5cm用の撮影カウント目盛りが刻んであり、6x4.5cmで使用するときはフィルム装填時に円盤を裏返してセットするようになっている。ユニークなアイデァだ。
ピント合わせはベッドにあるレバーを左右させて行う。最短撮影距離は1メートル。
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