"降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ"
ライカ VS コンタックス論争

 1936年アサヒカメラ誌上に、両者の性能を併記比較し、コンタックスに若干有利な記事が出るに及んでこの論争は最高潮に達した。しかしこの問題はライカ、コンタックスの愛用者の間の問題であって、ツァイス社もライツ社も関係はしていなかった。このアサヒカメラの記事に對してシュミットの井上氏に一言いったらどうかというライカ愛用者達の大きな要求が、シュミットより出された有名な「降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ」という20ページの小パンフレットとなった。(中川一夫著 写真工業別冊「ライカの歴史」より)

 以下はこの有名なパンフレット「降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ」の全文です。なるべく原文に近い旧漢字、旧仮名使いインプットしましたが、一部現代漢字に置き換えたものもあります。ミスプリントと思われる部分もそのまゝ掲載しています。この頃はライカIIIaの時代です。(1996 T.Kubo)

表 紙裏表紙

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表 紙



 降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ



   半可通の素人のまことしやかな

   商品比較批判は、明朗なる平和

   の商戰スポーツを不快なる泥仕

   合に轉ぜしめるものである。



東京

大阪  シュミット商店

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内 容



 ライカ カメラに就いて



形  ライカの形は甚だ自然である。これをベストコダック

   を模したりと云うは、自動車の車輪は人力車の夫れの

模倣なりといふに同じ。フイルムを巻けば圓筒状をなすは自

然である、これを収めるライカカメラの両端が圓い形である

ことは、車輪の圓を圓とする素直なる設計以上のものではな

い。敢てこれに角を與へて「現代的」と、不要の肉を附して

「機械らしい」とは呼ばぬ。





外觀  ライカは外觀の美のためにその形が撰まれたのでは

    ない、機械的性能、乃至は形さへも、外觀のために

此の犠牲を受けていない。ライカの性能をもたせて最小のカ

メラを素直に作らうと思へば期せずライカの外觀を備へるに

到るのである。

外部の金屬部をクローム渡金したのは、光と色の美によつて

人の心を魅せやうためではない、黒ラックより以上塗に耐久

性あらしめるためである。





堅牢度   圓いものが弱くて角型のものが強く、薄いもの

      が弱くて厚いものが強いとは、野蠻人か子供騙

しの論であることは、材料強弱理論の第一頁を讀まぬ人にも

解る筈である。

ライカのボデイーケースは全體が一個體となって居るから其

の金屬は現在以上の厚さを必要としない、完全な一個の鶏卵

と二つに切断したものとを潰すのは何れが六ケしいか!

ライカの胴は金槌でたゝかれて凹みが出來たとしても、ライ

カの精密度は犯されない、ライカ機體は卵殻中の雛の如く保

護されてある。且つその凹みは容易にまた完全に修復しうる。

ロールしたライカの輕金屬胴は吾々の行った極どいまでの試

驗を見事に通過して、鋳物に比し遥に抵抗の強いことを示

してくれた、故に吾我はこれをライカに採ったのである。

底部のみを開き得るといふライカの構造は、吾々が常に繰返

へし述べる如く、實際に使用して便利且つ機構の保護に必要

であり、またカメラの精密度に不變の耐久性あらしめ、外か

らの壓に對する抵抗を大ならしめるものである。





レンズ   先づ第一に吾々は、ライカ判に用ふるレンズの

      設計制作に就てはライツの専門家程研究と經驗

を重ね、此の問題に精通して居るものは他にないといふこと

を云はねばならぬ。

二つの相似るレンズの性能を學術的に記述するならば相當大

部の本が出來上るであらうし、しかも之によつても両者の善

悪を特定することは困難であり、且つ學問的の比較記述を行

ふことは無益である。

吾々がレンズ計算に於て主張するものはバランスである。各

種収差の適當なる調和である。 何の収差をどの程度に匡正

し、他の収差を如何に匡正するかの調節である。一つの収差

匡正のために多数の他の収差の犠牲を求めるよりも、調和を

求めるのが吾々の態度であり、またレンズ収差匡正の通則で

もある。

使用者にとつての問題は撮つた繪の良し悪しである。映寫器

にライカレンズを附けて、微粒子ネガ、反轉或はポジの素晴

らしき像を檢せられよ。





シヤター    ライカのシヤター幕が寒氣、熱、湿度に影

        響されるといふ。彼は初期のライカの幕の

ことを考へて居るのであらう。それはライツの努力によつて

現在の劃期的な幕の出來たことを知らぬものゝ言葉である。

不凍の油脂の制作されざる頃の話である。

現在のライカが一切の大氣よりの影響を完全に阻止して居る

證據に、多くの探險隊に凡ゆる異常な天候下に用ひられ、幾

多世界的に有名なる探險家にとつて信頼し得る完全なる寫眞

器として使用されて居る事實がある。

ハード小將の如きはその数年に旦る南極探險に於て始終ライ

カを使用し、極地より数個のライカの追注文を發した程で

あり、サモイレウヰツチュ博士と寫眞助手ノヴヰキー氏は北

氷洋探險にライカのみを用ひて居り、恐らく地球上で吾人が

遭遇し得る最低温度に於ても少しの不滿を見なかつたと云ふ。

メルケル、ウヰーガント氏等の獨逸ヒマラヤ登攀隊並にデイ

レンフルト博士の國際ヒマラヤ登攀隊も同じくライカを使用

して滿足なりと記し、ピカール博士、コジンス博士の成層圏

研究にライカが大なる役割を演じ、一萬六千米突の高所より

立派なる寫眞を撮つて世界の學界を驚かせたことは未だ世人

の記憶に新たであらう。

またフロベニウス博士一行の熱帯アフリカ探險の最も困難な

る寫眞撮影の問題もライカによつて滿足に解決し、その性能

に就て最高の讃辞が與へられて居る。吾々は中央アフリカ例

令ばコンゴーに於ける多くのライカ使用者を知るが彼等から

不滿の一語をも聞いたことがない。

シヤターの構造は單純、小さく且つ輕い、これは讃むべき特

色である。露出毎に釦が廻ることは、露出時間数字は露出す

る時だけに必要のものといふことを知るだけで解る問題では

あるまいか、また撮影後と雖もセツト数字の戻つて居る位置

は常に一定してゐるのである。

露出むらを完全に避け得る構造を持つシヤターはライカある

のみである。





距離計   鏡玉との連繁装置をもつ距離計は、單なる距離

      の計測にのみ用ふるものではなく、同時に鏡玉

をその計測點に合せる働きをなすものである。ライカの距離

計の基線長を論ずるものはその距離計の無比なる精密度並に

鏡玉との連繁装置の精確さを離しては考へ得ぬ筈である。

ライカの精確堅牢なる短基線長距離計と、極度に簡單な従つ

て絶對に誤差のない鏡玉連繁装置のメカニズム、吾人はこれ

を長大なる距離計を有して測定毎に不便を感じ且つ複雑なる

連繁装置をもつものよりも、遥に優れたるものなりといふ確

固且つ充分根據ある自信身をもつものである。

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ライカたる精神

		東京中野區 間宮富士雄



   普通一般のカメラの出現過程は明らかに營利的目的の手

   段として考案、 制作され、如何なる部分でコストの低

下を計り、  如何なる體裁で購買心を喚起するかといふ商品的

考慮が拂らはれて來たものであります。 是に對してライカの

出現課程を考へて見ることは興味深い事でありませう。



  ライカの發明動機といふものは此の種の精密光學機械を

  眞に要望する一人の技術者の情熱であつたのです。 彼

は安い費用で利益の多いカメラの設計を他人から依頼された

ものでなく純正な技術家として彼自身の理想とする一個のカ

メラ....ライカ....の考案に彼の全精神を打込んだのであり

ます。ライカは彼の必要から出たものであり、熱情の結晶で

ありました。考案、設計の根本的精神に於いてライカはライ

カたる獨自の生命を與へられたので、他種カメラと性質を異

にするライカは彼女の誕生に際して既に将來の名聲を運命づ

けられてゐたと云へませう。



  斯くの如き技術的才能と高尚な熱情の下に考案されたラ

  イカは元來商品として設計されたものではないらし

い。發表にさきだち研究室に於ける研究と實際に使用しての

研究とに十餘年の長き星霜を要してゐる事實は是を裏書して

ゐる様に思へます。營利的目的に對しては準備の十餘年の不

生産的な星霜は合理的なものでない、ライカの商品化と他種

カメラの商品化との間には全く別な状態が考へられます。此

の異なつた状態に於いて商品として一般に賣り出されたライ

カには「ライカたる精神」が吹きこまれたことでせう。



  オスカア・バルナックの熱の結晶、ライカの制作に於け

  るライツの精神は小型カメラ製作に必要な精神であ

り、理想的なものであり、ライカは此の環境に於いて育つた

のです。使用者と共に研究し、あくまで學究的態度で前進的

改良と進歩に努力して來たライツ社の足跡は私の希望すると

ころのものであつたし且つ理想的のものであります。



  ライカ機構各部の優秀性とレンズ、附屬器具の壓倒的優

  秀性等凡ゆる角度から讃嘆の声が發せられてゐます

が、此事實は發明者と完全に一體になり得たライツ工場の精

神と技術から由來してゐるものと考へられます。

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伸のきくライカ

		横須賀市 畑 宗一



  私のライカ3型の距離計は5センチのレンズで200米と

  無限遠距離とを容易に且つ極めて明確に分離する。  普

通カメラでこんな正確なピントを得られるものが嘗て存在し

たであらうか。それは辛うじてキヤビネの組立暗箱を以て得

られる處のものである。

ロールクラップ型のライカは機構としては便利なロールフイ

ルムに壓板工作の顕微鏡的精密によつて乾板カメラの正確を

併せ、且つこのレフに勝る應變自在なピントとクラップの無

時差の迅速とを凡て具備し、實にカメラ機構の完壁である。

その機構の精密な單位数字は、現在の感光材料の解像力の單

位数字以上である事が實證されて居る事は實に我等の驚異で

ある。

     だからこそ、ライカは感光材料が進歩し新製される度

   に、益々秘めた無限の潜在力を現はして來るので益々

使用者の信頼と其の限りなき愛着とを増すのである。

進歩した最新のオーソ・パンクロ型のライカ専用フイルムを

使つた場合ライカの良さは益々その底力を出して來る。たと

へば標準鏡玉エルマア 5cm で1.75米から腕時計の秒針をキ

ヤツチすることの容易なことはその肉眼以上の能力を示すも

のである。



    小型カメラは数多い。併し文字通り小さいと言ふだけで

  は理論的にも實際的にも大型カメラ以上のものではあ

り得ない。その缺陥は伸びのきかない事と且つ結果の不恒定

な點に於いて暴露する。然るにライカの最大にして著名な特長

はシツトリした畫調を落とすことなしに確實に伸のきくと云ふ

事である。これはライカの最も誇りとする生命である。これ

はカメラの機構がライツの言ふ通り、極力單純と、其の故に

精密とに立脚してゐる點にもあるが、又鏡玉の性能の優秀な

ところにもある。



  諸兄がフカすシガレツトの数と同じ位の撮影囘数で幾種

  の鏡玉を交換し常用し來つた結果から比較すれば、同

じライカ鏡玉の中でも、やつぱり高價なもの程伸のきくこと

は實に不可思議である。ヘクトオル 7.3cmに至つてはさすが

世界群玉中の王者である。スーパーパンを使つても人造光を

用ひてもアポクロマートに比する優秀な色収差の匡正は描寫

に些の不安げもない。心憎き迄その線の切れ込みは澄み切つ

て居る。だから疲れずにグングン伸がきく。



  試みにカメラの振れを充分注意した上、ペルツのレクテ

  パンフイルムに絞 6.3 で1/60 秒位より速いシヤターを

切つてペルツ微粒子整調現像液で5分間位のところでサツと

あげ極く新鮮な定着液で處理したらどんな結果か。六切のグ

ロツシーに伸してキヤビネや六切の密着印畫と比較して見れ

ば百聞一見に如かずである。

驚嘆すべきその解像力は神秘に近い。

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ライカ九年の經驗から

		金澤市 澤村正一



  A型二千二百何番かのライカで夏期トンネルの中でゴム膜

  がねばついた經驗を一度有して居ります。 然し寒い方で

は京城の厳冬の戸外で一度も故障を起こしませんでした。所で

之は十年近くも前の話なんです。 十八萬臺に達した今日のラ

イカでは寒暖による故障など考へるだけ無駄な事でせう。



   シヤターのムラはA型時代には可成あつた様です。然し

   私の今使つて居る III型を含めた四箇の III型の試寫で

は一箇もムラを發見し得ませんでした。  私は今使つて居る

III 型でも、シヤターのムラでしくじつた事は一度もありま

せん。

九年間に寫した 5000 枚の原板のうち粗粒子やガチガチで物に

ならぬ原板は澤山ありますが、ムラの為に使へない様な原板

はムラの多かつたA型時代の原板にだつて見當りません。

寒暖に對する無用の心配やムラに對する神經過敏を起す前

に、實物を手にしてあの輕やかな動き爽やかな響きを聽いて

御覧なさい。いやそれよりも論より證據ムラがあるかないか

20分の1から1000分の1まで全部寫して御覧なさい。

手さぐりでシヤター準備の出來る簡單さを有難く思はれる時

がきつと來ると思ひます。



   標準鏡玉「エルマア」に就ては今更喋々を要しますまい。

   萬能鏡玉と云はれる「ズマアル」に就ては最近一年半

使つた所ではライツの證明書の通りと云ふ外ありません。開

放絞に於ける周邊の幾分の光量不足や描寫力不足は高速鏡玉

に共通の免れ難い缺點ですが、夫にも拘らず私がズマアルを

離せないのは特徴ある描寫力、背景のボケ具合などの優れた點

が開放絞に於ける多少の缺點を補うに餘りあり、また開放絞を

其缺點の現れる様な場合に使ふ事は實際上稀だからです。



      更に萬全を期すならF2は傳家の寶刀だと考へ、F2

   の特徴ある描寫を必要とする場合が光量不足に餘儀な

く撮影せねばならない時に限り使ふ事とし、他はF3.5 のレ

ンズだと思つて絞つて使う事にすれば宣しい。然し開放絞に

於ける幾分の軟か味−−或場合には逆用して長所ともなし得

る程度の不完全な現出は少し絞れば殆どなくなりますし 3.2

迄、或は更に完全を期するなら 4.5迄絞ればエルマアと同程

度の、否或點では夫以上の試驗に耐える様になるでせう。エ

ルマアかズマアルかときかれたらやはりズマアルがすゝめた

くなります。



   尚ズマアルに就ては4枚玉である所から内面反射に基く

   ゴースト・イメジの事が時々喧しく言はれる様ですが

私の使つた所では格別氣にすることもない様です。要は長所

を活し短所に触れぬ様な用ひ方をする事です。



      カメラや附屬品の用法其他具體的な説明に就てはライツ

   の説明書を御覧になつてそれを信じてよいと断言いた

します。エルンスト・ライツ社から一般に出してゐる説明書

には今迄一度ども嘘や誇張の無かつた事を私の經驗から附加へ

て置きます。

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特に何故にライカか

		東京市杉並區 山野好男



   多くのライカ判カメラのうちで、特に何故にライカでな

   ければならぬか、を説明せよと云ふのですか。

詳しくは君も既に眼を通されたであらう、ライツ社の印刷物

やライカ寫眞術の著書に明らかであると思ふので、而して夫

等は其侭信じてよいものなので、茲では私自身の個人的な理

由を述べさして頂きませう。



   第一に、あの素晴らしい機能的な形態美です。私もまさ

   か、カメラを装身具とは考へませんが、自分のカメラ

を愛撫することは君も異存がないでせう。選擇標準がこれで

は、あまりに非科學的だと云はれませうが、あの丸みを持つ

た落付いた美しさには、全く魅せられてしまつたのです。



   然し、それにも増して私の心を牽きつけた事は、他のカ

   メラ製造會社は後から、後からと、今日あつて明日な

き種々雑多のカメラを、其時其時、最新、最良と銘打つては

市場に出して居るのに、ライツ社程の世界有数の光學會社が

實に唯一のカメラ、即ちライカの完成のみに全力を傾倒し

て居ると云ふ事でした。私はこの一事を今の世には珍しい

現象と觀、又その意氣がたまらなく氣に入つたのです。そし

て全世界に散在する十八萬からのライカ所有者が、この小さ

なカメラに熱愛を注いで居るのも尤もなことゝ感じたので

す。



   私の全幅的な信頼が全く豫期以上に滿足されたればこ

   そ、どうかして親しいあなたをも、我々のフラターニ

テイの一員に迎へたいばかりに、熱意を込めて、この手紙

を書くのです。

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機械人のみたライカ

		東京市神田區 牧村雅雄



   ライカその他のカメラが、使用者としてのみの方面か

   ら、批判され檢討されてゐる今日私が、機械工作技術

者として、異なつた角度から、即ち楽屋からみた、裸にしてみ

たライカの忌憚なき解剖を試みるのも、意義なくはないと信

じます。



   私がカメラ修理工作者として世に立つて正に十八年、そ

   してこの寫眞術に革命を將來したところのライカカメ

ラを最初に裸にしてみてから凡そ十年、私自身がまたライカ

使用者として相當古い經驗と、凡ゆる種類のカメラを實際

に取扱ひ、分解し接したことに依つて、ライカへの認識は相

當正しいと自信して居ります。



   私がライカを裸にしてみて先ず第一に感じることは、優

   秀な技術者が到達した「最良」と認めた設計が、實に

素直に無雑作に、取入れられてゐるといふことです。

しかも、工場が一人の傑出した技術者の設計を其まゝ、命令

通りに制作し採用してゐるといふことです。この事は實にラ

イカの偉大な長所であり美點であることを私は強調したいと

思ひます。



   機械といふものは總て、技術者の見た「最良」が採られ

   て居るのが、當然であらうと考へられるのは、一應尤

もですが、この當然のこととも思はれる、技術者の「最良」

が極めて多くの場合採用されずして終つてゐるのです。これ

は如何なる理由に依るのでしやうか。



   是を説明すれば、その工場の技術者が到達したり、或

   は設計する一つの「最良」は、不幸にして己に他の會

社に特許を獲得された場合が有るとします、かゝる場合設計

者はカメラ自身の機能の損失される事は、認めておりなが

ら、次善を採用しなければならない事になります。

亦技術者から見た「最良」は營業部の立場から見れば、餘り

に地味で、何等市場をアツト云はせる、宣傳効果ある華美な

機能や形態が無いと云ふことも、素直にそれを採用せられて

ゐない理由となるのであります。



      然るに、ライカカメラを、裸にして、檢討して見ます

   と、私が先に申した「最良」がそれこそ、最も素直

に、直載に變歪することなしに、設計者の奔放鋭敏なる頭脳

の働きそのまゝに採り入れられて居るのであります。

技術家の意のまゝが商品となつたカメラを、私はライカに於

て初めて發見し、今日でも依然としてライカにのみ見るので

す。





      此の一つの具體的例を、今日やかましくライカと比較批

   判されるに到つたカメラにとつてみませう。



    ライカのもつ布製シヤター幕に對しより優秀と宣傳する

   「全金屬製シヤター」は、實にその製作所營業部の希

望を多分に容れたものであつて、技術家の良心的設計とは到

底私には考へることは出來ないのです。

何故? 金屬板の一端に穴をあけて、それに布リボンを通し、

一撮影毎にリボンは金屬縁に擦られて引かれるといふ装置

が、「新しく變わつたもの」といふ營業宣傳効果を考慮した、營

業部の希望としてより他に説明できませうか、殊に布紐に斯

くも重要な働きをさせながら「全金屬」という宣傳は、その

會社の良心をさへ疑ひたくならうといふものです。

1/2 秒から 1/1000 秒までのシヤター調節が、實に四段の歯車切

換といふ、煩雑な設計。

レンズとファインダーとの視軸の差を考慮に入れない、出鱈

目とも云ひ度い −殊に近距離に於て甚しい− フアインダー

位置の偏りなどは、他社のパテントを逃げて、次善を採つた

例として確實に私は説明することができるのであります。



   ライカが機械人の作つた、カメラだといふことはレンズ

   の交換装置にも見られます。

アストロ社の 150ミリから 800ミリまでの幾種類もの大望遠

レンズ群を、蝶込式でライカに相當確實に取附けるイデント

スコープさへ、認めないといふライツの態度は、他カメラが

バヨネット装置に依つて 500ミリ 800ミリといふ長大なレン

ズを取付けるといふ態度と比較して、實に機械人としての周

密な用意と良心を私達は、肯定することができるのですす。



   胡麻化しを忌み、獨創に依つて明日への伸展を期する技

      術者の良心は、ライカのシヤターを考へると最も愉快

です。

金屬シヤターを麗々しく宣傳するのを、一笑に付して、

「昔もあつたものだ。塗が剥がれ易く、剥がれゝば内部で反射

を起こすところの金屬板を、布のリボンで釣つて、リボンを無

理に引張つてスリツトを開けば、リボンはどうなる!」「捲上

げる毎に指先に感じるあの抵抗は、リボンの命乞ひの悲鳴

だ」。「ムラの出るのを、シヤターを上下に走らせて空は青い

と胡麻化してゐるに過ぎないのではないか」と

ライカのシヤターを知る程のものは、憎まれ口を、たゝきた

くもなりましやう。





      ライカのシヤター幕は、掛値なしに世界第一のもので

   す。不思議と云ふべき幕です。弱ることを知らぬ幕で

す。

この優秀な幕が完成されてゐる今日、著しいショックと、重

さを避け得ず、他に何の益もない金屬製シヤターを使用する

ことは、實に私の云ふパテントを逃げ、宣傳効果を考へるコ

ケオドシ機構以上ではないと考へます。

数年來改良されたライカ幕が、凍結したり、ねばつたりする

のを聞いたこともなく、また起こるべくもありません。若し

萬が一起こることがありとせば、それは幕の構造の缺陥には非ず

して内部の汚れの故です。機械を手入れせず使用する罪で

す。



   フオーカルプレーンシヤターを使用するカメラには、必

   ず露出ムラがあります。

かのアンゴーやデツクルローのムラは、有名なものですし、

最も少ないグラフレツクス式のものでも相當に出るのですが、

今日まで別に問題となる程人々が氣附いて居りません。

同じ幕幅のシヤターが上下に、或は左右に走れば、その初め

よりは終りになるに従つて加速度に依つて、露出される時間

は短縮されます。ライカでは茲で機械人らしい考案をして居

ります。「即ち速度が加るに従つて、幕幅が漸次廣くなつて

來るといふことです」。これはシヤター製作の全く新らしい

構造でフオーカルプレーンシヤターの均等露出問題を解決す

る唯一の鍵です。



   カメラの後ろ蓋が開くといふ形式を採用したものに實に

   意味の無い賞讃をする人々の有るのは素人臭い話で

す。構造を複雑にすれば精密度の害はれる機會が多くなり、

賢明な機械人の採らざるところです。後ろ蓋を開けば、内部

の掃除が為易いといふことは全然問題にならないことで、こ

の掃除を素人の手に依つて為されるといふことは私の幾多の

經驗によつて、全く無意味のことであります。その點最初か

ら塵の侵入を防止してゐるライカの方式は遥かに理想的である

のです。



   ライカが他のカメラに比して、如何に親切にしかも、使

   用者の立場に立脚して設計し、一本の蝶釘にさへもそ

の位置と取はづしの際を考慮してあるかを私は毎日如實に見

せられて居ます。ライカを分解すると先ず、感じるのは如何

にも技術家らしい合理的な組立によつて構成され、素直で無

理がないといふことです。

組立、取外し、ともに實に圓滑に運ばれる様に親切さが行届

いて居るのです。



   修理工作者の立場から忌憚なき批判を下すことを私に許

   されるならば、ライカは親切の方の極端であり、ライ

カと比肩すると一部の人々の宣傳する私の前に述べたカメラ

は不親切の方の極端であると私は確信をもつて誰の前にも申

すことが出來ます。取扱の過失、長期使用に依る故障、或は

豫知せざる事故を考慮に入れないで、機械人はカメラを製作

することは出來ない筈です。



   元來この二つのカメラは、私たち機械工作者の側から云

   へば、到底竝べて比較や批判の出來るものではなく、

全くクラスを異にしたカメラであるのであります。事實で

す。



   ライカがロールした合金のカメラ胴をもつてゐるため

   に、もし之が鋳物であつたなら、日本では修理不能と

思はれる程の大故障、例えば岩の上に落としたり、道路に投げ

出したりした様な場合、尚ほかつ致命的な損傷を免れて居ま

す。しかも日本で完全に修理が出來る設備があるのです。



   繰返へし私は申します。純粋な機械人によつて作られた

   カメラ、最高理想が其まゝ採入れられたカメラ、宣傳

よりも先ず實を選んだカメラ、永久の使用を考へた親切なカ

メラ、これがライカだと、而してそれがライカだけだと。

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ライカが日本に於て如何に滿足

に用ひられて居るか、ライカを

購つたライカマンはライカを如

何に使つてゐるか、十数人の感

想を集めた冊子「ライカ讀本」

が近く刊行されます。下記へ御

申込置になると發行次第無代で

送られます。





	   シュミツト商店

	東京市日本橋區室町三丁目二

	大阪市東區北久太郎町二丁目十三





  裏表紙



 毛皮を着て南洋へ、浴衣のま

 まで北極へ行った男の話を

 吾人は未だ聞いたことがない





	◇ 最近の某雑誌の一記事は吾々に愉快にも滑稽な

      る話題を提供してくれた。一コンタックス關係

      者に携へられたライカが冬に凍つたといふ話で

      ある。



    ◇ 南洋へは夏の浴衣を、北極へは毛皮を用意すべき

      である。ライカIIIa の耐寒度は摂氏零下二十度

      である。バート少將は数次の南極行に、スマイ

      ス氏はヒマラヤに、ピカールは成層圏に、シュ

      ミット博士は恐らく人類が地球上で經驗した最

      寒の北氷洋探險旅行に用ひて、ライカこそ唯一

      の滿足なる記録機であったことを記して居る。



    ◇ 今年一月から一ケ月餘を山のスキー技撮影に専

      念された長谷川傳次郎氏は、氏と共にあった三

      臺のライカが、いかなる酷寒の吹雪の日も、何

      の特別の保護をも加へずして一度の例外もなく

      滿足に働いたことを語られて居る。



    ◇ 冬山のロケーションに吾々が常に携へ行くもの

      はライカだ、日本にもってきた6臺のライカ、

      これが凍るなど思ってみたこともない、とファ

      ンク博士とその隊員は笑ふ。



 吾人は寡聞にして、商品の性能の意義なき比

 較を大童になって研究發表する學者乃至素人

 をも、不幸にしてみたことがない。素人の商

 品比較批判は人を謬り自らの名を堕すもの、

 慎むべきである。

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