ライカの鏡玉




 ライツ ライカ鏡玉

ライカカメラの主なる特徴の一つは、その撮影の目的に従ってそれに最も適当なるレンズを交換取付ける事が出来、またその交換が非常に簡単容易なることであります。

職業寫眞家や進歩せるアマチュア寫眞家は夙にただ一つのレンズでは、広汎な範囲の仕事を満足に遂行する事は不可能であるため、最近のカメラには各種レンズが交換して用ひ得られることを要求してゐました。然しこの事は大きな原盤を使用する従来のカメラでは、特殊のレンズ殊に焦点距離の長い鏡玉は重量は甚だ重く容積も相當大で且つ非常に高価のものであるため、極めて小数の人々以外に利用され得ないものでありました。とは云へ各種の目的に適ふ数個のカメラを備へる事は、更に経済的その他の理由から困難な事であります。

茲に小型フイルムを用ひ鏡玉の交換が簡単容易に出来るライカの出現は、実に寫眞界の一大エポツクを劃するものでありました。ライカによって重量と価格の問題が解決され、全てのライカ使用者は相當安価に各種の鏡玉を備へ得、重量を苦にすることなくー登山家すらも-数個の鏡玉を携帯する事が出来るに到りました。

実にライカは、何時何処でもたとへフイルムが装填してあつても、又日中でも簡単に螺外し螺着ける事にによって、所要の鏡玉を自由に取付ける事が出来るのであります。かくしてだた一つのカメラであらゆる寫眞的要求んを充たし、萬能カメラとしてライカの存在は益々輝く所以であります。

ライカはこれ等の鏡玉及び補助具を用ひて風景、風俗、肖像、建築、静物等の一般寫眞は勿論、双眼實體、顕微鏡寫眞、臨床寫眞、工業寫眞、複寫、レントゲン原板寫眞、望遠寫眞、天體寫眞、天然色寫眞或ひは小物體の實物大、拡大、縮小撮影等、また極地探検寫眞、山岳寫眞例へばヒマラヤ探検の如き、或ひは赤道地方に於ける各種の学術寫眞、又上演中の舞台寫眞、夜間のニュース寫眞等、場所をも時をも撰ばず、すべての目的に行くとして可ならざるなき萬能カメラの眞面目を発揮して居ます。

小型萬能カメラ「ライカ」を購求するに當り、先づ如何なる鏡玉を撰ぶべきか? 一時に各種の鏡玉全部を揃へねばならないと考へるのは誤りで、目的に応じ標準鏡玉、或ひは他の一種の鏡玉をとり、その後必要に応じて購入すれば充分であります。

例令へば一般アマチュアの普通寫眞には標準鏡玉「エルマア」1:3.5 F=5cm は萬能鏡玉として最も適當であり、長焦點鏡玉 13.5cm は被寫體に接近せず細部を大きく寫す場合、野生又 は動物園の鳥獣、建築物の装飾の大寫し等に適當であります。又登山家旅行家等は軽量且つ長焦點の 10.5cm を、奥行ある肖像寫眞には、9cm 又は、7.3cm 鏡玉を撰ぶべきです。

是等ライカの鏡玉は何れも明るいアナステイグマートの種類に属し、最高の鮮鋭さ、優れた解像力をもって居ます。ライカ鏡玉のもつこの高い鮮鋭度とライカ機構の絶対的精確さこそ、極小原板から大きな引伸印劃を作り得る必須の條件であります。以下各種の鏡玉につき各々の特性と用途について述べます。

 「エ ル マ ア」 5 cm 口徑比 1:3.5 標準鏡玉 [沈潜式鏡胴]

ライカ人の誰もが必ず持って居るべき、またライカの鏡玉として先ず最初に撰ばるべきは此の「エルマア」5cm鏡玉でありませう。 運動寫眞、風俗、肖像、建築物、室内撮影、接寫或ひは複寫等アマチュア寫眞家の日常撮影に最も適當な萬能鏡玉で、これをライカ標準鏡玉とします。 ライカ判 24 X 36 mm 即ち對角線長約 43mm の判に對しては、標準鏡玉として焦點距離5cmのものが最も適正であります。本鏡玉は明るさとの関係もよく、繪の奥行を見せる焦點深度の工合も甚だ優れてゐるので、最も自然な立體感をもった印畫が得られます。レンズの包含視界角は47度乃至48度であります。 標準鏡玉「エルマア」5cmの収差匡正は非常に厳格で、繪の中央に焦準すれば焦點は全面に捗つて均等で、何処にも妨害となる収差帯が現はる如きことがありません。また口徑比 1:3.5 の鏡玉中像の鮮鋭さは最高の成績を擧げて居ります。「エルマア」の持つ焦點の鋭さは夙に世の定評高きものであります。 本鏡玉をもって行ふ接近撮影、小物體の実物大、小拡大及び縮小撮影に關して別に詳述したパンフレットがあります。 標準鏡玉は又ライツ引伸機或ひはライツ幻燈機の附して引伸、幻燈用鏡玉として用ひられ、頻度の螺着け螺外しによる狂ひ、熱による損傷等の虞はありません。



 「ヘクトオル」 5cm 口徑比 1:2.5

大口徑鏡玉 {沈潜る式式鏡胴}

「ヘクトオル」5cm鏡玉は「エルマア」同様三枚レンズ型でありますが、「エルマア」は後部レンズのみがバルサム着けされてゐるに反し、「ヘクトオル」にあっては全部三枚のレンズ共バルサム着けされて居ります。即ち「エルマア」の四枚に對し「ヘクトオルは六枚のレンズから成って居ります。

鮮鋭度と明るさの平均性に就いて「エルマア」F 1:3.5 と「ヘクトオル」 F 1:2.5 の開放絞に於ける比較は、「エルマア」が特にこの點を考慮して制作されたのでありますから、「ヘクトオル」は稍劣りますが、然し適當に絞ることによって「エルマア」同様優れた萬能鏡玉として凡ゆる方面に用ひられ、殊に人像、風景寫真には上品にして魅力ある獨自の味を持つ繪を作ります。 勿論「ヘクトオル」は開放絞りに於いても繪の何処にも収差が現はれる様な事はありませんから、「エルマア」5cmに比して二倍の明るさの為、証明不十分な時処に又大なる光線透過力を要求する人々に萬能鏡玉として大なる價値をもって居ります。



「ズマアル」 5cm 口徑比 1:2

高速度鏡玉 {沈潜式鏡胴}

高速鏡玉「ズマアル」5cmは非常に大なる明るさをもつ短焦點鏡玉への各方面からの要望に応へて生まれたもので、現代光學理論並に制作技術の到達し得る最高限界をなす高級萬能鏡玉であります。 本鏡玉も前二者と同じく、使用せぬ時はカメラ胴中に収まる沈潜式鏡胴をもち、その光學的構造は第八頁に示す如く四枚レンズの型であります。 無比なる色収差の匡正、球面収差の絶無、F 1:2 の大口徑を有しつゝ尚開放絞りに於てさへ原板の周邊に到るまで像の鋭さをもって居り、絞り 4.5 乃至 6.3 に於て本レンズの解像力は最高に達します。 絞 1:3.5 に於ては略ぼ エルマア」5cm F 1:3.5 に及ぶ優秀なる鮮さが得られ、人工光線を光源とする寫真叉は一般アマチュア寫真萬能鏡玉として優れた價値をもって居ります。



 「エルマア」 3.5cm 口徑比 1:3.5

廣角鏡玉

廣角度撮影に必要な鏡玉で、「エルマア」5cm標準鏡玉の 47度に對し、約 65 度の撮影視野角度をもって居ります。即ち他の鏡玉によっては一地點から目的物全體を収め得ぬ様な狭隘な路地、室内、建築物撮影等に大なる視野を得る事ができます。

本鏡玉は視野角が大であるのみでなく、F 1:3.5 の明るい口徑比をもち、且つ他の「エルマア」鏡玉同様の鮮鋭度をもってゐます。 短焦點の故による大なる焦點深度の利は、勿論前述の廣角度撮影のみでなく、普通寫真の方面にも大いに役立ちます。例へば刻々に距離を変へる被寫體に焦準を変へずに撮影し得る等であります。即ち本鏡玉開放絞 F 1:3.5 に於て10米に焦準した場合、近距離は5米より遠距離は無限大に到るまで鮮鋭なる像を得ることができます。



 「ヘクトオル」 2.8cm 口徑比 1:6.3

超廣角度鏡玉

「エルマア」3.5cmより更に廣角度即ち視野角約 76 度をもつた鏡玉であります。此種廣角鏡玉としては著しい明るさ F 1:6.3を有して、開放絞に於ても無比の鮮鋭度と完全な収差匡正力をもって居ります。大なる焦點深度は「エルマア」3.5cmについて述べた以上に利用し得られます。



 「ヘクトオル」 7.3cm 口徑比 1:1.9

高速度鏡玉

光學的に又機械的に最も優れた著名の鏡玉で次の三つの特性をもってゐます。即ち夜間撮影或は人工光線撮影に適する大なる明さをもつこと、肖像寫真等に不自然な歪のない適度の焦點距離をもつ點、開放絞に於て陽輝部に諧調的な温い焦點を結んで繪の立體観を高める事等であります。

実際に此の鏡玉の明るさは、高感光性パンクロフイルムを用ひて普通照明状態の舞台を1/60秒で、照明條件が更によいレビユーの舞台等では 1/200 乃至 1/500 秒のシャッターを切ることが出来、実際にこのレンズによる驚くべき夜間寫真は幾多の刊行物等に発表されて居ます。 演技中の舞台、夜間のニュース寫真等この鏡玉の最も得意とする用途の一つであります。

焦點距離の長い事は相當なる距離例へば客席からの舞台、或ひは接近し得ぬ事物を畫画一杯に取り入れる事が出来るのみならず、肖像寫真に於て特にその利點は繪に立體観を與へ、観る者をしてその人に接する思いあらしめます。

また開放絞に於る柔い温和な諧調と好ましい背景のボケは肖像撮影に生々とした動きと自然感を描出するに理想的であります。そしてこの柔かさは絞によって急激に改められ、3.5 に於ては標準鏡玉「エルマア」5cmの開放絞に匹敵し、絞 6.3に於ては標準鏡玉の同絞以上の素晴らしい鮮鋭度を示します。即ち小絞を用ひて優れた風景寫真が期待出来ます。

此の鏡玉はその大なる明るさと適正な収差匡正の故に天然色寫真撮影及びその映寫に適當であります。



 「エルマア」 9cm 口徑比 1:4

長焦點鏡玉

遠距離の風景、建築物、人像、動物寫真等に適し一般に萬能鏡玉とよばれる種類のものでありますが、その最も優れた特性は肖像寫真撮影に於て認められます。 口徑比 1:4 なるため比較的悪い照明條件の場合にも瞬間撮影を行ひ得、又重量約 290瓦、長さ約 8 cm に過ぎぬので、カメラの動揺に對する不安を感ぜず手にもって撮影が行へます。 「エルマア」9cm鏡玉による肖像寫真は、畫像の適度の柔さと温和さをもち、焦點の深さ、背景のボケ、ライカの人像寫真用鏡玉の名に背かぬ美しいものであります。



 「タムバアル」 9cm 口徑比 1:2.2

軟焦點鏡玉

本鏡玉は開放絞に於ても又絞を用ひても常に軟焦點描写をなすもので、ライカ判用の此種鏡玉中最高級のものであります。これはライカを藝術的寫真、営業寫真の分野に益々光輝ある存在たらしめた鏡玉であります。 「タムバアル」の軟焦點効果は肖像寫真に最も適し真に理想的な肖像用鏡玉と云へます。又開放絞に於ては風景、殊に光の對照に富んだもの、例へば逆光線或ひは横からの深い光線に對しては柔らかみのある印像を得られ、 f 1:9 乃至それ以上の絞に於て鮮鋭な畫像を得、全ゆる風景寫真に応用して美しい結果を期待する事が出来ます。

此の軟焦點鏡玉は普通の虹彩絞及び特殊の中央遮蔽の二つによって廣範囲にわたりその効果を任意に変へる事が出来ます。而してその使用にあたり記憶さるべきは、被寫體の光の對比が強ければ強い程本鏡玉の効果は顕著なものとなって来ます。 本鏡玉による最も軟調な描寫は、虹彩絞を全開し中央遮蔽を使用した時に於て最高に達し、中央遮蔽板を外すと幾分柔らかみを減じます。虹彩を除々に絞ることにより柔らかさは漸次減少しますが、この際必ず中央遮蔽を使用すべきで、でないと軟調効果が繪の前面に行きわたりません。中央遮蔽を使用する場合には、鏡胴の赤で記された第二の絞数字を讀みます。 F 1.9 に絞ると畫面は著しく鮮鋭になります。これ以上の絞る場合には中央遮蔽板は絞り口徑より大となりますから取外します。

「タムバアル」鏡玉と、一般の鮮鋭な鏡玉に軟描寫スクリン其の他種々のものを用ひて得た軟焦點畫とを一列に論ずることは出来ません。即ち後者はそのスクリン等によって鮮鋭度が乳されるからであります。「タムバアル」は此の種同焦點同價格の鏡玉中最も大なる明るさをそなへた優秀鏡玉であります。 軟焦點鏡玉「タムバアル」は初歩の方には少しく不向きで、これは進歩せるアマチュア及び営業寫真家に推奨するものであります。而して最高の美術的寫真をつくる特殊の目的に最も適當な鏡玉であります。



 「エルマア」 10.5cm 口徑比 1:6.3

軽量望遠鏡玉

重量に重大なる關心をもつ登山家、旅行家用の輕量望遠鏡玉で、その重量は僅かに240瓦にすぎません。 本鏡玉の明るさ F 1:6.3 は一般の山岳寫真の殆どがそれ以上の絞をもって撮影されてゐる事実によって、充分である事は諾かれませう。又此の鏡玉は普通のガリレオ原理の望遠鏡玉と異り、焦點は鮮鋭、収差匡正よく、且つ周邊の光量減少がありません。 重さの點から、焦點の鋭い點から、撮影に際しカメラ保持の安定の良さの點から、本鏡玉は登山家、旅行家に携へられるべき第一の豫備鏡玉として推すものであります。





 「ヘクトオル」 13.5cm 口徑比 1:4.5

遠距離の風景、近距離の物體の大寫し等に適する鏡玉で、又肖像殊に頭像胸像寫真にも卓越した能力をもってゐます。 此の鏡玉は一般寫真家が長焦點鏡玉に望む全てのものを備へてゐます。殊に大なる解像力をもって科學的方面への応用、例へば考古學の物體大寫真等に適し、色差匡正は「ズマアル」5cmに匹敵し、又赤外線寫真に最適の鏡玉であります。 撮影に際し特に注意を要することは、 カメラの動揺に對してで、壁樹木等に倚るか三脚を用ひた方が安全で、シャッターは銃の引金を引く要領で静かに押さねばなりません。 本鏡玉の視野角 19゜、標準鏡玉の2.7倍の畫像が得られます。



 「テリヰト」 焦點距離 20cm 口徑比 1:4.5

望遠鏡玉

優れた望遠鏡玉で、「ヘクトオル」13.5cmのもつ望遠鏡玉としての特徴の全部を備へ、しかも20cmといふ長い焦點距離のため、前者より約一倍半、標準鏡玉の四倍大の像をフイルム上に結びます。 本鏡玉の望遠システムの特徴はその焦點距離の長さに比し非常に短い鏡胴におさめらたる點であって、「テリヰト」20cm鏡玉の長さは、「ヘクトオル」13.5cm鏡玉よりも僅かに長いのみであります。 解像力の卓越、光量の全畫面への平均、諸収差匡正の完全さは他のライツ鏡玉に於けると同様であり、殊に色彩収差の極度の匡正は、オルソ性フイルムを用ふるも、パンクロ性或は赤外線フイルムを用ふるも、同様に正確な成績を期す事ができます。 しかし、遠距離撮影に於ては、望遠寫真に度々障害となる大気のヘーズの影響を避けるために、パンクロ性或は赤外線フイルムの使用が優れて居ます。 本鏡玉には視差を避け、正確な撮影野を知るために反射鏡によって寫像を反射して検するレフレックス式装置を附して居ます。

此の反射装置には「ヘクトオル」13.5cm鏡玉をも附すことが出来ます。そのために短い鏡胴に収めた「ヘクトオル」が用意されて居ます。

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