Mac Plus

 Macintoshを導入してちょうど二十年になる。当初はPlusという機種で、モニタはモノクロ、CPUの速度やメモリ、解像度などは、現代とは比較にならないほど小さいものだった。けれども未来を予感するのに充分な機能を備えていた。だからこそ導入したのであるが、コンピュータを個人的に使えること自体が夢のようであった。
 主な使用目的は図面を描くことであったが、さらに立体図も可能で、しかも視点を変えて見られることには感動した。さらに写真画像も扱えるのには充分満足した。
 一般的には日本語に対応していないのは致命的だが、作図ができるだけでも、それに英数と記号だけでも充分だった。
 Macintoshは二人の若者が、ガレージで研究開発したことを以前からニュースで知っていたし、日頃から開発者に敬意の念を抱いていたからとくに感動した。

 1986年の秋、カメラメーカーのギャラリーから写真展の話が持ち込まれた。ギャラリーの前が【0-1ショップ】で、Macintosh Plusのショールームになっており、打ち合わせのたびに立ち寄ってあれこれ操作してみた。幾度か体験するうちに、なんとか使えそうに思えてきた。
 そうこうするうちショールームの係員は、そろそろいかがですかと購入をすすめるのだが、写真展が終わってからと考えていた。けれども、契約だけでもしていただけたら、というのでそうした。すると翌日になって、発送の手配をしましたと電話が入った。
 それからは寝不足が続いた。ただでさえ難解なところへ、マニュアルが英語なのでなおさらだ。

 パソコンを使う第一の目的は立体図を描くことであったが、当時そうしたソフトは特殊なのか見本はない。内容を検討してから購入したくても封を切れば購入の義務があり、結果的に費用の面でもかなりの負担になった。
 比較的自由に使えるようになると、いろいろなソフトを見たくなる。そうした好奇心から70種類くらいのソフトを購入したが、実際に使うのは20種類程度だ。
 パソコンでは実体が見えないから、慣れるまで時間がかかる。まず第一に「なぜこうなるのか」という疑問が出てしまう。これまでは原理を理解して納得してきたのだが、パソコンばかりは不可解だ。またパソコンの専門家になるわけではないから、そんな必要もないのだがどうしても気になる。これが抜けるまでに時間がかかった。したがって、原理など無関心な人の方が早く慣れるようだ。
 人は横着で楽をしたがる。パソコンは万能で、なんでもしてくれると思いがちだが、そうはゆかない。なにごとも入力しなければ、パソコンはなにもしない。入力とそれ以前の問題は人手によらなければならない。パソコンは処理をする箱でしかないのだ。
 先にパソコンを使う第一の目的は図を描くことと書いた。とくに立体図はパソコン操作の上でも難しい部類に属する。けれども鉛筆と紙で立体図を描いてきた経験が活きた。立体図の理論を理解していたことによって、パソコンの操作上の疑問が解ける場合が多かった。これは立体図に限らず、あらゆる分野のアプリケーションソフトにおいても共通しているようだ。
 アシスタントの栗村恵美君はよほどマックに魅了されたのか、年末に帰省したとき、親にねだって買ってもらった。ボクも自宅用を購入した。マックがなくては仕事というよりは、生活に不可欠になってしまったのだ。

 マッキントッシュプラスを使うには、システムを本体に記憶させてからアプリケーションソフトを使うために、外付けのフロッピーディスクドライブがあると能率がよかった。
 その数年後に外付けの20MBハードディスクドライブが登場したが、今では信じがたいほど高価だった。
 イメージライターと呼ばれるプリンターは4色のリボン式で、モニタはモノクロだが色指定することができた。またオプションでスキャナー機能もあった。
マッキントッシュプラスは、異なるアプリケーションを使う場合でも、操作上多くの共通点があり、予測できるようになったことが習得にプラスした。