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ライカファンは多く、ぼくもその一人だが愛用者といえるほど使いこなしているわけではない。けれども仕事と趣味で、四十数年も写真にかかわっていると機材も増えてくる。
現在もたいして変わりはないが、職業があいまいだった1960年ころ、35mmカメラは距離計式が全盛であった。ライカは関心あったが、高価ゆえにそれほど欲しいとも思わなかった。それでも、中古ライカを寄せ集めたりしていろいろ試みた。けれどもまったく使いものにならなかった。それ以来、ぼくは新品主義になった。
当時、ニコンSPとS3を使っていたが、黒塗り仕上げは、発売当時でも容易に入手できなかった。現在K社のY氏が、八方手を尽くして探してくださったときの喜びは忘れられない。M3よりも嬉しかった。中古の寄せ集めを使って、ライカの印象がよくなかったからである。
シュミットが室町から神田に越してきたので、近所ということもあって、写真家の薗部澄先生にお供してよく遊びに行った。そこでライカを勉強させていただいたが、ニコンFの登場以来、35mmカメラはこちらが主体になった。M5とライツミノルタCLは当初よく使ったが、いつのまにか他のライカもあちこちに仕舞い込んだままになっていた。それでもシュミットの最後にはM4-Pを買った。
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十年ほど前、パソコン通信の「写真人電脳網」に参加して、多くのカメラ愛好家を知った。ライカの話題になると「それならぼくも持っている」というわけで、あちこち探すと、ボディー5台に、レンズ17本、それにもろもろのアクセサリーがたくさん出てきた。けれども長年眠っていたので精度が落ちていた。そこでボディー3台をオーバーホールと消耗部品を新たにし、完璧に使えるようにした。
それまでは中古カメラ店を覗くことがなかったが、それ以来、通りがかりにあると入るようになった。懐かしいカメラが並んでいると楽しくなった。かつての熱気がよみがえったのだ。
ライカ・スクリューマウントはレンズが豊富で、ボディーとレンズの組み合わせを楽しむことができる。それゆえのライカファンが多いのだが、ぼくにとっては趣味の世界である。しかし趣味だからといっていいかげんなわけではない。
ぼくは依頼された場合を仕事、自主制作を趣味という言い方をしている。趣味ではなんの制約もない。すべてが自由なのである。ゆえに創造力が問われるから、仕事よりも厳しい面がある。そうはいうものの、責任がないから気楽に遊ぶこともできる。そうした理屈はともかくライカは楽しい。いや、機械カメラは楽しい。
(カメラレビュー誌No.32・1995)
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