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戦後十数年にして、経済成長の兆しと共に企業社会が確立し、広報や宣伝の需要が高まり、デザイナーやカメラマンといった職業が飛躍的に台頭した。
それに伴い、ファッションモデルクラブも知る限り三社ほどできた。銀座八丁目のストック商会の二階には「東京ファッションモデルクラブ・TFMC」。京橋テアトル東京裏側の、昭和通りに面したところに「日本発色」が開業し、その四階には「ファッションモデルグループ・FMG」。たしかミユキ通りには「スミレモデルグループ・SMG」があった。
社会人になるか否かのころ、先ずは経験しようと本職のモデルで野外撮影を試みた。
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続いてスタジオ撮影した最初の写真だと思う。スタジオといっても現代のように完備したものではなく、赤いビロードのカーテンが下がっているだけだ。それが嫌でカーテンを引くと、幸い白い壁面だった。
当時ストロボではなく、フラッドランプが数灯あるだけだ。むろん助手はいないからモデルと一対一で、二時間くらいだったろうか。セッティングに大半の時間を要することがわかった。単に経験を目的に実行したのは、若さのいたすところか。それにしても、こうした写真を撮ったのは外国雑誌の影響だったのだろう。帽子とパイプを用意したのを覚えている。
-1959-
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