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Cameras
 ニコンF(ブラック)をはじめて手にした1960年は、撮影の機会が多くなった。嬉しさのあまり、じっとしてはいられなかったのでる。その後SP、S3、F2、そしてF3に至るまで常用したカメラになった。数年してSPとS3、それに3台のFを並べると使い切れない事態になった。マウントの違うレンズは不経済だし管理すらままならない。Fは接写に不可欠だから、SPとS3は1965年にテヒニカ4×5を購入する足しにしたと思う。
 エルニッコールは、宝石など小物の拡大撮影にも活用した。
 産業施設関連の取材では超広角が必要になる。初期のF用21mmレンズはミラーアップして使うようになっていた。
 広島の建設機械展で会場を設計し、受付嬢まで手配した。レンズを鏡代わりにして化粧していたので、構えてもらった。
 外資系の広告代理店でタイプを打つ美しい女性を見かけた。早速モデルにお願いしたらVOGUEのモデルもしたと言う。
 SPのブラックは容易に入手できなかった。現在某輸入商社の重役をしているY氏が、S3と共に八方手を尽くして探してくれた。
 かつて羽田空港ロビーと日本橋高島屋一階ホールに、コダックのカロラマという巨大なライトボックスが設置されていた。コダックでは8×20インチのカメラを使い、光量の豊富な風景を選択していた。そのカロラマに、中元売出し期間中のディスプレイに適した写真が要求された。ディスプレイは海中シーンで大きな透明の潜水艦だ。当然カロラマは海中シーンでなければならない。
 時は1961年。8×20インチのカメラはおろか、海中に沈めるなんておよびもつかない。また現在のように、小型カメラでも美しい海中写真は技術的にも不可能だ。それでも熱帯地方ロケを考えたが、魚群の撮影は保証できない。結局、極端に妥協し水族館で撮影した。水族館といえども、薄暗いしフラッシュは許可されない。そこで感度ASA12,000に増感して撮影した。カメラはNikon Fに28mm。トランスパレンシー背後の乳白フイルムは、アンスコからオパールフイルムを取寄せた。-日本橋高島屋 AD 坂田恒雄 / 製作・乃村工藝社-
 ニコノスは水中カメラだが、潜ることはないので水陸両用の35mmレンズで使っている。いかに悪天候であろうと平気なので安心して使える。とにかく頑丈なカメラで、かつての山仲間はハーケンを打込んだヤツもいる。3000m級の山で装填したフイルムは、地上で裏蓋が開かないという気密さだ。こんな具合なので、めったに使わないがAEになって2台目だ。
 エルニッコールは接写でも活用している。宝石の場合は4×5で撮影したので、コンパウンドシャッターにライカマウントの中間リングを加工して取付けた。拡大撮影では露光時間が長く、フイルム感度も落ちてくるので、ライトの点灯時間で露光した。
 かつてはどのメーカーもライカマウントアダプターを作っていたので、ベローズと併用すると一眼レフでも超接写が楽しめる。焦点距離によっては無限大から接写まで可能だ。
左)マクロレンズも、中間リングやベローズと併用するとより接写が可能である。こうした撮影では、写真のように機材を前後に微動したほうが焦点の合致が容易い。
中)他社製のレンズもヘリコイド中間リングを併用すると使うことができる。写真はエルマー135mmで無限大から80cmくらいまで合致する。
右)さらにベローズを併用してより接写を可能にした。
超接写の作例
(左) Nikon F3+ベローズ+マクロレンズ
 このような超接写は露光値の設定が難しいが、TTLによる自動調光ストロボを使うと容易に撮影できる。
 ただし前後2絞りくらい、段階露光をした方が間違いない。
(右) 蟻の写真は、標準レンズを逆向きにして自然光で撮影した。
これにはリバースアダプターというアクセサリーを使った。
一眼レフカメラとソフトフォーカスレンズによる作例
Nikon F3+ベローズ+イマゴン
イマゴンによるソフトフォーカス
通常レンズ
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