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●子猫がじゃれているのは可愛いし遊んでいるように見えるが、それはそのように見えるだけであって、実際は本能的に生存のための学習をしているのだ。
「水面を歩けないことは誰でも知っている」これをいつ頃どのようにして知ったかと聞かれても答えられない。つまり言葉で表現する以前に、感覚的に身に付いたからだ。これも本能で、こうした常識が無数にある。けれどもその常識に欠ける人が多くなるのは環境によるところが大きい。
環境とは家庭・社会・学校などすべてだ。子どもが学校で過ごす時間が多いのは当然だが、学ぶのは学校だけではない。家庭も社会も人間関係を含めて学ぶ場なのだ。生活そのものが人間育成に結びつかなければならない。
●猫は自ら学ぶ。人間だって自ら学び自ら正すんだ、そして本能的に自分の意思で行動する。教わったり指示されるのではなく、自分の意思で自分の考えで行動するんだ。むろん秩序や善悪、社会的責任をわきまえるのはいうまでもない。
●人は思考する、興味を持って大いに思考するのだ、すると知識欲も湧いてくる。現代では知識はいつでも引き出せるから都合がよい。そしてこれは学生時代だけではなく生涯続くのだ。
そして成果が見えてくると喜びは無限に広がる。こうなると人生が楽しくなるのである。ここが物質による喜びとは大きく異なるところだ。物質でしか満足できないのは精神的な喜びが欠如しているとも言えるのだ。
3匹の猫がいますが、それぞれ性格も違い、日常の過ごし方まで違うのに驚かされます。唯一共通するのが散歩。必ず後をついてきて、木に登ったり、お互いにジャレあったり、走り回る。そんな様子にそっくりな写真を見つけると、同じだね。美しい自然がずっと残っていて欲しい、願わずにはいられません。
> 千葉県 Kさん
マンション住まいのため、完璧な家猫で、夜中のかけっこ以外はほとんど眠ってばかりです。田舎の農家らしきものや、古びた火鉢、タンス、ゲタ、縁側などの日本の風景に、何とも心が落ち着きます。こういう環境に、うちの猫がいたのなら。想像しては、家族の話題になっています。
> 東京都 Yさん
近所のノラたちに似ている、少し図太い表情の猫にニンマリです。
> 東京都 Oさん
奇をてらう写真じゃなく、一枚一枚に生活感があり、猫たちの自然な表情に安心します。
> 京都府 Yさん
以前飼っていた猫はキジネコで、ある日家に入ってきて勝手に家族の一員になってしまいました。”くり”という名前で9年間一緒に暮らしましたが、最後もふっと家を出て帰ってきませんでした。”くり”とだぶらせながら写真を見てると、暖かな気持ちになれます。
> 東京都 Oさん
通い猫が毎日ご飯を食べに来ます。メンバーは1年くらいで変わります。悲しい別れも嬉しい出会いもあり、めまぐるしい日々です。別れは何回重ねても慣れませんが、その悲しみを癒してくれるのもまた猫たちです。招き猫のように幸せを運んでくれます。
> 広島県 Mさん
結婚してペット禁止のアパートぐらしで、実家の猫の鼻息が懐かしいです。なぜか肉ジャガがを食べます。食べた夜にかぎって、私の鼻先に顔をくっつけて寝ていました。わざわざニオイを嗅がせるように。そのせいで目が覚めてしまいました。とくにニンニクをきかせた時は強烈でした。今は肉ジャガを食べるたびに思い出し、実家に電話して様子をきいています。
> 千葉県 Oさん
車庫にシャム猫が捨てられていました。すぐに近所の猫とわかりましたが、家で飼うことにしました。成長して赤ちゃんを生み、3匹の親猫になりました。メスの子猫が家に残り、親猫と娘猫2回ずつ赤ちゃんを生ませた後、避妊しました。娘猫はオテンバで近所のボスのようでした。夜は主人と私で、猫たちが真中になるようはさんで寝ました。その猫たちと13年間過ごしました。
> 京都府 Tさん
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