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現像所から写真が上がってくると猫が数枚写っていた。
我が家のミケと自由に出入りしていた外猫たちだ。
「可愛い」とか「面白い」とか、興味は仕事の写真よりも猫に集中した。
当時アルバイトやらなにやらで事務所に出入りしていた人が多く、
なかには猫について一家言を披露する方もおり、写真が欲しいという希望もあった。
これほど心を捉えるなら、写真集にしたらいいと考えるのは当然だ。
思い立ったらすぐ実行。しかしながら猫の写真集など要望あるかという心配があった。
当時の出版界は文学かハウツーものが主流であったから、猫はまったく論外といってよかった。
ところが海外の出版状況を見ると、あるはあるはビックリするほどある。
当時山岳ロケが頻繁で、登山家の岡部一彦氏に案内や人材の編成をお願いしていた。
岡部氏は山と溪谷社の顧問をされていたので、同社の社員とも馴染みになっていた。
そこで村上尚武編集長に猫の話をしてみた。
一ヶ月くらいで出版の結論がでたが、丁度海外出張が重なり一年ほど遅れて世にでた。
二週間ほどして増刷の連絡があり、読者よりカラー写真で出版の希望が多く、出版社も当然そうなる。
というわけで今日に至るが、まるで猫専門の写真家のようになってしまった。
たまたまカメラが手許にあったので数枚撮影した結果がこのようになった。
●出版が確定しても写真は数枚しかない。残りは当然私が撮影するものと出版社は決めていたようだった。私としては、そもそも企画案として提案したまでだから、企画が成立すればそれでよかった。だからその後の撮影は眼中になかった。
当時日本工房*と乃村工芸社の嘱託をしており、企業のPR 関連の企画制作、さらにディスプレイ関連にも携わっており多忙であった。そうした状況で猫の撮影が加わるのは容易でなかったが、未知の世界で興味があり、また比較的自分の都合で撮影の日程が組めたのが幸いした。

●馴染みの猫たちだけでは顔ぶれや場面も限度があり、愛猫家のお宅に伺って撮影しなければならなくなった。他人のお宅では遠慮もあり、時間も少ないし愛猫の親バカぶりも聞かなければならない。猫は見知らぬ人間や撮影機材に警戒してか、姿をくらますこともしばしばだ。けれどもこうした時間が慣れるのに有効でもあった。

●撮影技術に関してはトランジスタから造船所、ファッション関連など、大小の生産財から消費財までを、浅くではあるが幅広く経験していたから自信があった。しかしながら何事も初心に帰らなければならない。猫は被写体としては小さい方でしかも動きが素早く気紛れだ。けれども弱音を吐いては猫に負けてしまう。そうこうするうち仕草を予知できるようになった。

●どちらのお宅でも、きちんと座らせてポートレイト風に撮れるように仕向けてくださることが分かった。そういえば人物もカメラに向かってポーズするのが常套だ。ここは肖像画が基本にあって、写真術が輸入されて以来変わることがなく、免許証や見合い写真では面白くないことは明瞭だ。

●人物写真にしても働く姿や楽しむ様子など、日常ありのままが自然でいいと認識していたから、撮影に協力してくださることに戸惑いがあった。しかしそれはそれなりに効果的であった。きちんんと座らせるなり立たせるなりしても人間のようにはゆかない。けれどもそうした過程の一瞬がシャッターチャンスでもあった。
●場面設定は写真の基本的な要素で、主題は背景によって表現できると言っても過言ではない。日本猫と呼ばれる雑種猫はそれなりの雰囲気で撮りたいが、戦後の住宅事情からしてやむを得ない。ましてや他人のお宅ではその家次第だ。現状のままで撮るしかないから必然的にクローズアップが多くなる。伝統的な民家がいかに少なくなったか痛感した。

●猫は野生味のある最も身近な動物だから室内よりも野外で撮りたくなる。かといって生活圏に敏感な猫を野外に連れ出すのは無謀だ。ここは条件の揃った家を探すしかない。
都心から郊外に出ると住宅事情が時勢を反映していた。小さいながら一戸建てで庭があるのが普通だ。
さらに伝統的な農家や民家の庭先をイメージしたが土台無理な希望であった。そこで雑草でもなんでも、人手があまり入っていない自然環境で妥協することにした。郊外の家は都心と違って地面に余裕があるし、そこで生活する猫たちは自然に振舞い羨ましく見えた。猫は比較的小さいからそれほど広い背景でなくても、あるいはほんの一隅でも視点の工夫で撮ることができた。
●本来日本猫の仕草や表情だけでよいのだが、猫の写真集であるからには洋猫も掲載しなければならない。カタログ的な発想ではあるが、読者にはそうした要望もあるだろう。
洋猫はブリーダーと呼ばれるお宅で効率よい撮影ができた。元より自然のままが基本にあるから、猫を人工的に作り出すことに抵抗があったが夢中になるのも理解できた。けれども金銭が伴うのには疑念があった。

●現在では珍しくないかも知れないが、はじめてペルシャ猫の三毛が生まれたときは玄関先に座り込み、譲ってくれるまで帰らないという凄まじい争奪戦であった。こうしたお話を伺うことも、未知の世相を知ることができて社会勉強になった。
●フイルム
写真は基本的にモノクロームが好きだ。出版社はカラーが希望であったが、それまでモノクロームでしか撮っていなかったので最初の写真集はそのようにした。
●カメラ 
フイルムサイズに関連するが、当時は製版技術の関係でより大きなサイズが要求された。仕事ではシノゴと呼ばれる4 inch×5 inchサイズが主力で、スナップ撮影で35mm判を使っていた。大判サイズは印刷に有利だが機動性に欠けるから猫の撮影には不向きだ。けれども細密描写の欲求もあったし、グラビア印刷はネガフイルムからダイレクトに製版することもあり、6 cm×6 cm 判のハッセルブラッドを使った。
●フラッシュ
猫の動きを捉えるにはシャッタースピードを速くしなければならないし、室内ではスピードライト(ストロボ)が必須だ。ストロボはシャッタースピードというよりも、瞬時の閃光時間で露光する。携帯に適した小型ストロボは1/10,000秒くらいの閃光時間なのでカメラぶれも皆無だ。
ライティングは直射するよりは、反射光の方が影も柔らかいから描写が美しい。それには大出力のストロボでなければならないが、これは大きく重い。こんなものを持ち込んだら敏感な猫はより警戒してしまう。そこで小型ストロボを2 灯から3 灯用いた。
●印刷
出版が成功するか否か、まったく未知の写真集に、(株) 山と溪谷社とトッパン印刷 (株)はグラビア方式の印刷に力を注いでくださった。そこには職人の技とも言うべき、昨今消えかけた精魂が込められていた。企業は利潤追求が目的だが、同時に「もの作り」に忘れてならないことがあった。

数年前NHKの女性記者が番組制作の打合せに見えたとき「私、小さいころこの本を見て育ちました」と言って写真集を持参してくれた。歳月流るる如しであった。
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