Gallery12
 仕舞い込んであった工作物を、久しぶりにホコリを払い陽に当てた。少し悲し気な表情にも見えたので、庭に咲く水仙を添えた。すると心無しか満足そうな表情にかわった。
 ついでに一年以上も使わないローライフレックスも陽に当てた。単に当てるだけではおもしろくないので、絵画用のイーゼルを自分に見立てて首から下げた。絵を描かないのにイーゼルがあるのは、形がおもしろいことと便利だからだ。撮影するときレフレクターや背景紙を持たせたり、小道具を支えてもらったり、干し物を下げたり持たせたり、工夫次第で用途は楽しく広がる。
 以上は十数年前のことだが、最近になって庭に放置してあるイーゼルが目に留まり案山子を思いついた。小道具は軒下にある作業用の衣類などだ。顔の円盤は小型のレフレクターを利用した。年齢と共に子供じみてゆくようだが、感性が若いと思い喜んでいる。イヤハヤおめでたい話でもあるか。
 それから数日して、大量の枯葉を整理しているとき、イーゼルに枯葉を着せることを思いついた。けれどもこれは、安易にできそうもないので、カメラマンに仕立てた。そして枯葉は比較的小さな人形に着せてみた。イーゼルに枯葉は時間を作って試みたいと思う。ここからさらにおもしろくなる予感がして楽しい。雪だるまや案山子は有り合わせの材料を用いるが、まさにそんな気軽さで遊ぼう。思いつきで、安易に実行するのはいいかげんで感心しない向きもある、けれどもなにもしなければ無に等しい。インスピレーションは実際行為の中から発生することがよくわかる。
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