日常の生活環境を撮ろう
 私たちがカメラを持つと、とかく珍しいとか非日常的な変化のある場面を期待しがちだ。すべては見なれると刺激がない。刺激がなければ撮る気がしない。これは誰でもこうした経験があると思う。
 見なれた日常は平々凡々としており変化がない。なんの変哲もないからといって撮影に値しないと考えるのは間違いである。
 カメラファンは商業目的で撮られた写真や事件などを狙うよりも、ごく日常的な生活環境に目を向けるのはどうだろうか。
 年代ごとの記念写真はよく撮るが、その当時の環境を見たいと考えたことはないだろうか。これらは決して刺激的ではないが、記念写真と同様に、環境やモノの記録であり記念写真でもある。
 むろんこうしたテーマはプロも目を向けている。もともと写真の題材に、プロとアマチュアの違いはないと思うのだが。
 
 それはさておき、なにをどのように撮ったらいいのだろうか。これが解決すれば苦労はない。
 そこで身近な住宅環境でもモノでも、なんでもいいからそれらに目を向けてみよう。そして光線状態、カメラアングル、構図などを、これまでにない見方を試みよう。
 光線状態だけで見え方が新鮮なことがある。とくに斜光線や逆光は顕著だ。朝寝坊が早起きすると景色が新鮮だ。極端に視点を変えてみるのもいい、カメラの位置は無限にあることを心得よう。さらにモノの有り様でも違って見えるから、総合的に情況を判断して構図を決める。
 こうした過程を一瞬で決められるようになるといい。けれども撮影に決まりはないから、常に見方を変える習慣をつけたい。だからといって、極端な写真を目指すのではなく、こうした行為から、これまでとは少しでも違った表現を期待したいという試みの一端でもある。 カメラの旅
 一般的に花は自然な棲息状態で撮影するのだが、背景が複雑で主題が埋もれてしまうことが多い。左の作例は背景をボカしているが、それでも主題を強調したいことがある。そこで紙や布、簾など小道具で背景を設定できれば可能である。このようにして、絵画のように画面構成を試みると、これまでにない表現の幅が広がって楽しい。
整理していたら、三角スケールと一緒に鉛筆がたくさん出てきた。
指にタコができるほど使った時代だから、
短くなった鉛筆は、フイルムの空き箱を利用して鉛筆立てにしていた。
こうした工夫からか、十数年後に10cmほどの角材で鉛筆立てを作った。
さらに右端の鉛筆立ては、カマボコ板2枚を利用して作ったが、
フイルムの空き箱利用と同様にみんな手作りだ。
空き箱を利用した鉛筆立ては懐かしく、アルバムに加えたくなった。
こうした指向が、静物写真の発想と考えていいのではないか。
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