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結婚式と披露宴はカメラファンにとって勉強のいい機会だ。記録という写真最大の特長が生かせるし、日頃から写真が上手だと期待もされる。また撮り直しができないから技術的な試練の場でもある。それだけに責任は重大であり失敗は大恥だ。
昨今ではカメラ持参の方が多いが、やはりそれ以上の写真を期待されるから答えなければならない。自信がないならカメラを持参しないことである。
結婚式は順を追って、また出席者を漏れなく撮ることが必要である。これは場面による撮影意欲とは関係なく必須だ。そうは言うもの、やはり自分の親族に目がゆくのは自然な成りゆきだろう。ところがよい写真を撮ろうとする意欲が勝ると、近親者など関係なくなる。相手方の親族側にいい場面があると、どうしてもそちらに目が向いてしまう。すると、どうして向こうばかり撮るのだろうと、ひんしゅくを買うことにもなる。
一般的に冠婚葬祭では、その後お互いに、相手方の親族には生涯二度と会うことがないと言っていい。その場かぎりの顔合わせという、まか不思議な儀式だ。それなのに記録として重要なんだ。
食欲と同様に、よい写真を撮りたい欲望を写欲と言うそうな。写欲が勝ると本来の記録を忘れてしまう。けれども依頼されたのでなければ写欲のままに撮ればいいと思う。当事者にもよるが、そのほうが喜ばれることがある。カメラファンたるには良い写真を撮ることだ。
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撮影では必ずと言っていいほどフラッシュを見かけるが、ぼくは使わない。写真は雰囲気が重要だから、それが壊れるようなことはしないし写される人も眩しい。さらに禿頭は、まともに反射しようものならハレーションをきたしてしまう。
変化に富んだ照明の演出は効果的だが、カメラ泣かせでもある。とくにスポットライトには注意しなければならない。急激な照明の変化は、全自動カメラでも対応できないことがある。その都度測光方式を変えるのも迅速さを要求されるし忘れることもある。その場だけの露光値をプラスかマイナスに設定し、そのままその後の撮影を続けてしまった例はよくあることだ。
最後に、出来上がった写真が気に入って貰えればよいのだが、そうでないと信頼を失う。とくに女性はウルサイから困ることがある。予測されるなら、写真を見せないようにするしかない。
どのような撮影でも回を重ねるごとに要領が分かってくる。論より証拠で、経験ほど身につくことはない。けれども度重なると落着いて飲食できない不満もあるが、よい写真を撮るためには、そんなことを言ってる場合ではない。また自分の写真は期待できないから、せめて名札くらいは記念に撮っておこう。-2003/06/21-
Leica M5 カラーネガフイルムISO400
Summicron f2/35mm_Summilux f1.4/50mm
GR1v f2.8/28mm モノクロームISO400
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