江ノ島にて
夏祭 /1956 (昭和31年8月15日)

 戦災で荒廃した東京下町であったが、敗戦後11年目にして、信じがたいほど盛況な夏祭だ。たしか神武景気とか言われたけれども、戦前から戦中、戦後の苦難の時代を乗り越えた人々の活力は偉大だ。当時は重機も乏しかったから、人力に負うところが大きい。そう考えると増々人の力の偉大さを痛感する。
 こうした時代に、学生とはいえカメラ趣味に遊んでいたことが恥ずかしくなる。カメラブームの到来は、楽しむ余裕ができるようになり、誠に平和であった。

コニカ1型ヘキサノンf2.8/50mmフジネオパンSS
ジープと星条旗
新大橋 / 隅田川
 写真 右)隅田川花火大会当日の 両国橋付近、ドーム状の屋根は国技館1954.7.24 
日本橋 1957
日本橋付近 1957
The Third Man
ロンドンフイルム/キャロルリード監督の映画「第三の男」は感動した。
ストーリーや音楽はむろんだが、印象的なのは夜景の美しさ、光りだ。
そして主人公の動きや視線に伴う、歯切れのいい場面転換は息をもつかせぬ迫力だ。
そこで、この場面を研究するために何回か見た。

よほど感動したのか級友によく話したらしい。
小泉一晄君は「本多は8 回も見やがってよ」と何回も聞かされた。
学校の帰りは神保町、駿河台下が主な行動範囲であったし、
東洋キネマ、神田日活、南明座、角座、シネマパレスなどなど、比較的安かった。
最初に見たのは日比谷映画館だったと思う。
そんな影響があったかは定かでないが、小泉一晄君が演技して写真を撮った。

その後夜景の石畳を撮ろうと試みたが、とてもとても暗くて撮れなかった。
「第三の男」では石畳に水をまき、照明して撮影したことを後に知った。
あの頃は映画の全盛時代であったし、教科書でもあった。  - 1953 -
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