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春
佳世の散策記・春
 梅が咲きはじめる早春のころは、ちょっぴり肌寒いのですが、日なたに佇んでいると、梅の香りとともに春の温もりがひしひしと身に染みてきます。しばらく目を閉じていると、ウグイスがさえずるではありませんか。まるで花鳥風月の世界に誘導されたようです。はしたないですが出来過ぎているみたい。

 わたし梅って、晴れた日もいいですが曇りや小雨のときが好きなんです。それは雰囲気がとてもよく、香りもより漂う気がいたします。それに莟がふっくらし始めるころから満開まで、筆舌では表現できない、とても静かな感動を与えてくれます。床に入って眠りにつくころ、その余韻がほんのりと心を豊かにしてくれます。ですから梅の時季だけでも何回も訪れます。
 ひと巡りして「見た、わかった」だけではなく、感性が豊かになるとでも言うのでしょうか、教養が高まる思いがします。

 お花だけでも、わたしにとって新しい世界が展開するのです。「ひえつき節」で名高いサンシュユの木をはじめて見たとき、これがそうなの、と思わず口ずさんでしまいました。レンゲもバイモも、名前と写真では知っているつもりでしたが、実物を見るのははじめてでした。しかも素敵な環境で、これはなんたる違いでしょう。

 知識として、名前を知るだけでは無意味とは言いませんが、実物の感銘とはまったく違います。実物でも大量に陳列された花園?は、複製に見えてしまいます。さらに、植物園は品種を効率よく観察することができますが、図鑑のようです。やはり棲息環境で見るのが、最も美しいことがよくわかります。

 申し遅れましたが、わたくし社会生活も慣れて、少しは余裕ができた横浜に住むOLです。勤務先の東京よりも近いなんて、最初はびっくりしました。


 鎌倉に浸りはじめたころは、ガイドブックを頼りに歴史などを勉強しながら、散策というよりは修学旅行みたいに足を棒にして歩き回りました。そのうち気分に浸ることの心地よさに気付きました。そこで最初はゆっくりと、お花の名前を覚えることに集中した時期もありました。けれども、わたしにとって名前は知ればすむことでした。

 そして今ではお花の表情を観察したり、風情を楽しむようになりました。そして多くの芸術家が、花を描く心情も少しはわかるようになった気がいたします。これはわたしにとって大きな進歩でした。

 そんなわけか、大量に植えられたお花には風情を感じません。あたかも管理された人間社会のようで、息苦しさを感じてしまいます。それよりもごく自然に、ぽつねんと咲いているお花が好きなんです。
 お花には環境がとても重要なんです。そういえば、人間はむろんあらゆる生物にも同じことがいえますね。ですから、自然に造ったお庭は感銘します。一見して野生のままかと思うほどですが、とても手入れが行届き、えも言われぬほどに美しいのです。

 そんなわけで生意気なようですが、今では癒しというだけではなく、精神修養の場として、四季折々に訪ねております。そして近頃は、何かをしたいと考え、俳句か写生を嗜む決心に揺れています。心の有り様によるのでしょうが、これほどまでにイメージの世界を展開してくれる鎌倉は、本当に奥深いところです。

 俳句といえば同窓生の玲子さんが俳人と聞き、早速相談してみました。これまで「花」はすべて花と呼んでいましたが、俳句の世界で「花」は桜を指すそうで「お花畑」は高山植物に限定されるそうです。
 それなら桜ではない花はなんと呼ぶのでしょうか、もちろん花の名でよいのですが、字数合わせのために、たとえば水仙の、水仙や、水仙花。寒牡丹、冬牡丹。寒菊や。といった具合に、花に意味づけや状況を加味できます。
 俳句の世界は、いや日本語は奥が深いです。十七字により感情を込めるのですから当然ですね。そうか、説明ではなく感情を表現するのでした。なにはともあれ感性を研かなくては、と焦りそうになります。
 玲子さんにご自身の句集をいただきました。わたしにもよくわかり、とてもおもしろい句を紹介します。「衣替え しばし素顔を 見失ふ」鏡の前で、あれこれ衣装をあてがって見入る様子が見えます。

 これだけ教わっただけでも、身近に未知の世界がたくさんあることを思い知らされました。わたしって、なにも知らなかったんだ。これまでなにをしてきたのだろうか。おきまりのコースに乗って会社に入り、職務を処理してきただけではないか。反省することしきりです。

 自分でなにかしなければ、という思いは募るのですが、俳句も写生も思い付きだし、取りあえずカメラを買うことにしました。写真なら撮ったことがあるし、せっかく鎌倉にくるのですから、写真くらいは撮ろうと考えました。まことに短絡的ではありますが、それ以外に思い付きません。

 会社にはカメラファンが何人かおりますので相談してみました。わたくしなりの思いを話しますと、それならカメラを持たないほうがいいとか、いや持つべきだという意見に別れます。どうしたものかと迷いましたが、なにはともあれ体験しようと決心しました。
 カメラを持つと撮影に神経が集中してしまい、これまでのように、自由な見方ができなくなってしまいました。たしかにカメラを持たないほうがいいようです。それに思い通りに写らないのです。でもはじめたばかりですから、結論を急ぐことはないでしょう。気ばかりが焦って我ながら嫌になりそうです。

 会社のお昼休みに、カメラのことで相談した諸氏にその後の様子を聞かれました。最初の思いとは裏腹に、ただなんとなくカメラを向けている自分に、嫌気もさしていたので気乗り薄でしたが、相談した手前報告の義務もあります。
 ところが彼等は、わたしのことよりも鎌倉で撮影会をするので、情報が欲しかったのです。安堵と同時に無視されたようで、がっかりもしました。結局案内する羽目になってしまったのですが、勉強になると思い引受けました。
 当日5人が北鎌倉駅で集合しました。観光ではなく撮影が目的なので、移動に時間のかからない北鎌倉にしたのです。













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