家具は収納を目的としているから自ずと箱型になる。また箱は工作の基本でもあるから正確に作ることから練習しよう。そして以下に述べるように箱はいくつあっても利用できるから無駄にならない。
箱は形が平凡であるが、使い方によっていろいろ楽しむことができる。一般的に、箱は上から物を入れるのだが、ここでは底が背面となるように使ってみた。このようにして壁面に取付けたり、重ねて置いたり、つまり物の置き方、飾り方を工夫した。
箱を核にして、収納を考慮しながら形の面白さを試みた。
写真左はポストカードが入るくらいの箱に、花をイメージした額縁を付けてみた。奥行きがあるので小物を置くことができる。
この段階でスタンド形式にしたいと考えた。そこで額縁で切り落とした両端の端材を組み合わせてみると、まさにぴったりだ。なんと都合のよいこと。形はみんな端材が提供してくれる。
花をイメージした額縁は顔になりそうだ。そこで長い脚を付けて人形にした。顔が花なら腕は葉っぱだ。
高さはほぼ1メートルなので、帽子を被せたり衣類を掛けたり、ショルダーバッグを掛けたり。家具として利用できる。お子さんが利用するなら、衣類や持ち物を託すことができる。仲良しになって言葉を交すかもしれない。これは楽しい。いや、大人だって楽しいでしょう。等身大のこんな人形があれば、帰宅したらみんなこのヒトに預けよう。
これは本格的な3点セットの家具だ。
ぶ厚い杉板(4cm)4枚を図のように材料どりをした。接合はホゾ組やあい欠き、また太めのダボ(径1cm)で、頑丈で重くドッシリした家具に仕上がった。
組立式の丸テーブルは、写真のように分解できる構造になっている。したがって脚の高さによって座卓にすることもできる。テーブルと脚は別々に作るので、比較的容易く工作できた。
日本間に調和する家具を考えた。左は本立てだが、棚を2段にして上段には小物類を置けるようにしたら、構造的にもより丈夫になった。
普段はちゃぶ台をよく使うが、年代物だけにガタがある。そこでぶ厚い杉板で作った。食器を置いたときの音や材質感、感触も抜群にいい。
一般的にお盆に手提げはないが、片方の手でも運べるようにしてみた。すると布巾を掛けておけるのは予期しなかった。
こんな書見台があったら読書や勉強も楽しそうだ。構造は1- 図のように、面板の高さと角度を変えられるように工夫した。2は脚に本を収納できるように、上には文具など小物を置けるようにした。3は面板を外したところ。これも角度と高さを調節できる。4は文庫本程度の面板だが、ポストカードなど飾り物を置くことができる。
遊びの思考作とはいえ実用品も作らねばならない。けれども未熟な技術と少ない時間では限度がある。そこで細工は省略することになる。その代り材料だけは奮発した。木材は大半が杉と桧だ。
左はパソコンでも解るように十数年前に作った。写真は工作物以外はグレースケール処理した。次は電気スタンドだが、これは角度が変えられる。三番目はミニテーブルだが、読書やワープロ作業になかなか具合がいい。普通はテーブルに向かうのであるが、これは好みの場所に引寄せることができる。最後は鏡で多少角度を変えられる。
椅子は半端な材料を多用している。したがって材料次第で形を考えるといった作業になる。むろん強度も考慮しなければならない。けれどもこうした作業をしていると、実際には頑丈だけれども、腰掛けたら崩れそうに見える椅子もおもしろいと思ったりする。
十徳ナイフならぬ実用一点張りの十徳台だ。飾り台、ミニテーブル、踏台、腰掛け、猫も利用する、小さなちゃぶ台代わりにもなる。小型で軽いからヒョイと持っていける気軽さがいい。電話台にもなるし便利なこと無上だ。いくつあってもいいくらいだ。
棚を作る。
板を渡せば棚ができるが厚みが薄いとしなる。二枚重ねればいいが、それなら橋梁のようにしたらいいと考えた。棚が二段になって形も良くなった。
このまま縦型にすると、収納できる量は少ないが、設置面積が少なくてすむ棚になった。
ぶ厚い板で作った力持ちの収納マン
かつて乃村工藝社在職中に、百貨店のショーウインドウや店内装飾、あるいは国際見本市など、展示装飾関係の仕事をした。専念したのは五年くらいだが、断続的に三十年ほど関わった。
この仕事は閉店後や定休日にかけて施工するが、時間が少ないこともあって、様々な職人が順を追って手際よく作業しなければならない。かりに時間が充分あったとしても、人件費の効率を考えれば当然だ。
それに百貨店などでは、こうした現場がいくつも重なる場合が多いので、そのやりくりは並大抵ではない。しかしこの業界ではこれが当たり前だ。
展示装飾の施工は時間が少ないだけではなく、展示期間が短いので費用もそれなりだ。したがって、言い方がよくないが、外見と安全性がよければ事足りてしまう。
だからといって、いいかげんでよいというのではない。本来どのような仕事も、それぞれの道の熟練者が理想なのだが、仕事の性格上、また短時間で仕上げるので、一部にはやっつけ仕事的なところも否定できない。そんなわけで高度な技術の熟練者が従事することはめったにない。
けれどもこうした仕事を長年経験すると、多くの職人に接することができ、通常では得られない体験ができる。そうしたまれに出会う高度な技術者の話を紹介する。
展示装飾の仕事では表装が重要な位置を占める。これは表具師の仕事だが、本格的な表具師の仕事はたいへん高度な技術を必要とする。襖をはじめ、屏風や掛け軸などは工芸品なのだ。
こうした優秀な技術を体得した表具師のお話は、めったに伺えるものではない。いつも現場に来ていただけるとはかぎらないし、まれに見えても仕事中に雑談もできない。じつに厳しいというか、作業中の姿勢には近寄りがたいのだ。余計なことをいえば怒られてしまうようだ。だから私にとっては怖い存在であった。しかしこれが本当だと思う。
あるとき徹夜作業になり夜食を共にした。そして私があまりに熱心にたずねるので、その後もいろいろ話してくれた。
お話によると、十何歳かで京都の表具師に奉公した。はじめは家事や子守など、雑用しかさせてもらえなかった。家事や雑用といっても、それはそれは厳しかった。
数年後ようやく表具師の手伝いをさせてもらうのだが、命令するだけでやり方は教えてくれない。だから師匠の作業を見て学ぶしかないのだ。師匠にしてみれば、これまで弟子がどれだけ学んだか、それを試しているのだ。そうでなければ一人前になれないからだ。
そして多少の小遣いくらいはいただいたかどうか分からないが無給だ。そればかりか盆と暮れには、親が米や餅を持って師匠にお礼に行ったという。子供に修業の場を与えてくれる師匠、これほどありがたい存在はなく、まさに恩人だ。
今どき恩人などといえば古くさいと一笑されそうだが、それは恩人を知らない現代人なのだ。また最近の若者は、汚いとかカッコ悪い、仕事がきついなどといって、この職につく者がいないと話していた。
話はかわるが、その頃アメリカのアートセンタースクールで写真を学んだ青年が訪ねてきた。彼は「アメリカの職場では、絶対に教えてくれない。自ら学ぶのだ」云々と盛んに力説するので、表具師の話と重なって、おかしかったといっては語弊があるが、アメリカの方がはるかに、かつての日本的な感じだと思った。
またある日本人がアメリカの会社に「無給でいいから使って欲しい」と申し込んだら「無給で使えるような人間はいらない、我々は高給取りが欲しいのだ」といわれたそうだ。企業は利潤の追求を目的とするから当然だ。
西洋人は仕事ができる人とそうでない人、この差は歴然としている。むろん日本もそうだが、まだまだ曖昧なところがある。そんなことも一人前になる努力を怠る要因かもしれない。
昨今我が国では若者にかぎらず、当然のように「言ってくれなきゃわからない」と口にする。これは次元がまったく違うのだ。言わなければわからないことは言う。けれども自ら学び、当然知らなければならないことがたくさんあるのだ。つまり常識だ。
先に作業中の姿勢には近寄りがたいと述べたが、表具師は自分ではそんなつもりはないし、また急いでいるわけでもないと言う。しかし作業の熱意とでもいうのか、これが姿勢に現れている。そういえば徹夜をしても、明け方まで同じペースで作業する。これを伺うと、作業時間によって体調の配分を考えて仕事をすると言う。長年の経験で身についているのだ、まことに敬服するしかない。それにひきかえ、若者が明け方になると、うとうとしているのだから情けないかぎりだ。歩く姿さえ高齢の表具師はしゃきっとしているのに、若者はでれでれしている。
表具師は刃物や刷毛が代表的な道具だが、自分の道具を他人が使うとわかるそうだ。それぞれに癖があり、刃先にまで神経が通じているのだ。だから自分は絶対に貸し借りしないと言う。けれども多様な職人が出入りする現場では、安直に貸してくれという人がいる。自分が使う道具を持参しないこと自体怠慢だが、他人の道具を借りるというのは、職人としてもっとも恥なのだ。ちょっとくらい、いいじゃないかという人もいるが、それが許されないくらい厳しいのだ。というよりもこれが当然なのだ。
こうしたことは通常の社会ではあまり見られないが、私たちも自分の仕事や道具には、このくらい厳しくありたいと思う。貸すことを敬遠すればケチだとか、とやかく言われるだろう。しかし借りる方がよほどケチではないか。
あるとき時間が迫り、多少粗雑になっても急いでくれるようにお願いした。すると「同業者が見たら、この仕事はどんなやつがやったんだ、と思われてしまう」といわれてしまった。まことにその通りだ。私は自分の軽薄さに恥ずかしくなった。融通が利かないという面はある。しかしそれでいいのだと思う。融通が利くようになったときは、職人として仕事を放棄したに等しいのだ。仕事は報酬だけが目的ではないからだ。
それにしても近年、長年培ってきた伝統的かつ高度な技術者が疎外されるのはどうしたことだろう。機械化は速くて安く、さらに量産できる。けれども恰好がついているだけで、およそ本物とかけ離れている場合が少なくない。本物を知らなければそれでよいかもしれないが、それはますます本質から遊離するのだ。これは恐ろしいことだ。
そして重要なことは生産過程における人の役割だ。機械化によって速く安くなり、しかも熟練者を必要としなくなれば大幅にコストダウンすることができる。これは事業主にとっても消費者にとってもありがたい。けれども生産に従事する立場からはどうだろう。未熟者でも職につけるという利点はあるかもしれないが、さらに技術を身につけるかどうかといった次元を通り越して、仕事を見下す傾向さえ見られる。実際オートーメーションによる作業は、仕事の喜びどころか熱意を奪う。
言うまでもなく高度な技術者は一朝一夕には成立しない。そして一人前になるまでには多くの苦労があることは容易に想像できる。ましてや師匠と生活を共にする徒弟制度においては、論ずることさえはばかられる思いがする。けれどもそうであるからこそ、技術だけではなく人間的な成長も促されるのだ。
私は二十数年来木工作を楽しんでいる。はじめは道具趣味も手伝って道具には大いに凝った。デザインの素晴らしい外国の電動工具なども各種取り寄せた。電動工具だからといって、正確な加工ができるとはかぎらないことも分かった。それに騒音が大きく、加工作業に工作の楽しさを味わうどころではなかった。
そんなわけで十数年前からは伝統的な手道具を使うようになった。こうした道具は使い手の技術を要求するが、そこに意義があることも分かった。加工は目的を果たせばよいのではなく、切削の具合を確認しながら、また技術の向上を目指すのだ。そして全身を使って道具を使いこなすところに工作の喜びがあるのだ。
人は体を使うことによって能力の活性化をはかれると言う。とくに手先には神経が集中しており、手を駆使することが必要なのだ。そして都合のよいことに、道具は使い込むほど仕事の本質を教えてくれるのだ。
体で覚えると言うが、まことにそのとおりだ。覚えるとか記憶するのは、頭脳だけではないことが本当によく分かる。そして頭脳よりも敏感に反応するのだ。またこうした道具は、ほどよく全身を使うので疲れかたが実に爽快だ。
昨今理屈がまかりとおっているようだが、それは過程の一部分であって、物事すべてが理屈だけではない。体を使って、自分の力だけでなにかを作ってみれば一目瞭然だ。理屈によれば一見筋が通っているようでいて、実は根本的な大きな間違いに気づかない危険もはらんでいる。
実際工作してみると、思いもよらないモノが出来ることがある。こんな筈じゃないと、いくら考えても事実そうなんだから、まことにおかしいのだが、本当におかしいのは自分なのだ。
こうしたことから意外な発見をすることもあるが、それはさておき私たちは職人でもありたいと思う。もちろん本職は無理として、たとえ趣味でも、自らの思考と技術で物を制作したいのだ。当然だがこうした体験が最も重要だ。そしてこれからは趣味の範疇にとどまらず、実生活や仕事にも大いに役立つのだ。
いくら手作業といっても単調な仕事は熱意を奪う。けれども趣味の場合は、すべて自分の思考で作業するから熱中する。そしてこうした体験は、間接的であってもあらゆる面で生きてくる。木工作なら家庭の中での修理にも役立つだろう。そしてもっと重要なことは思考の範囲が拡大することだ。これらはモノの見方や考え方にも影響する。
ひとつの具体例として、私はコンピュータを導入して十数年になる。目的は多々あるが、主として作図と写真画像の扱いであった。とりわけ立体図は非常に複雑な作業で、ましてやマニュアルは英文であった。日本語でも難解だから読む気がしない。それよりもかつて手描きの経験が操作を予知できたのだ。さらにプログラミングソフトの改良点まで指摘できるようになった。たとえコンピュータでも立体図の原理は同じだから当然だ。
手作業は頭の回転もよくなると言うから、その場の目的を果たすだけではなく、まさに一石何鳥にも値する。そうした意味でも、素晴らしい人間の手を大いに活用したいものだ。
極限状態とはいささか言い過ぎだが、現代社会において、かりにお金も仕事も、さらに助けてくれる人もいなかったらどうだろう。そのとき頼るのはまさに自分の体しかない。知識も役立つだろうが、体を使って行動するのには及ばないだろう。
よく人を評して「彼は職人だから」とどちらかといえばよくない意味で指す。たしかに視野が狭いとか、片寄った思考の面もあるだろう。けれども視野が広いはずの知識人が、サバイバルな時にどれほど生き延びる術を備えているだろうか。
たとえが殺伐としているが、そんな時代が来る来ないにかかわらず、また経済的に豊かといわれる生活が維持されているとしても、私たちは少しでも職人としての資質を備えたいものだ。それはひとえに、より心豊かな人生を送るのに絶大な意義があると考える。