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唐突だが「ケツをまくる」は着物で生活していると茶飯事だ。勢いよくケツをまくって用達しするのは心地よい。お嬢さんも、奥方も、みんなケツをまくるのだ。痛快ではないか。
それはともかく、ケツをまくれば即座に目的が達せられる。その効果は絶大なるがゆえに様々に喩えられる。逐一述べなくても周知であるが、さらに勢いとか、いさぎよさを感じるのである。
これは過去を思いきり捨て去るからだろう。あらゆる喩えも知恵も、そして文化も、すべては日常生活の産物であった。
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こうした着物が、現代では日常生活から遊離して特殊な存在になってしまった。生活様式が西洋化されれば当然なのだろう。ここで美しいとか、文化だのといってもはじまらない。
被服は気分までも変えてしまう。高価な着物は気を使うがジーンズは正反対だ。効果絶大なるがゆえに、外見に利用されることもある。こうなると本来の目的からも逸脱してしまう。でも現代ではそんなことはどうでもいいのだ。精神よりも外見を重要視するが、それは精神の現れなのだ。ルーズソックスは、ソックスがルーズなのではなく本人がルーズなのだ。じつにおめでたいのだ。
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